大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(行ケ)176号 判決

大阪府門真市大字門真1006番地

原告

松下電器産業株式会社

代表者代表取締役

森下洋一

訴訟代理人弁理士

岩橋文雄

永野大介

藤江和典

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

今野朗

辻徹二

井上雅夫

小池隆

主文

特許庁が平成9年異議第72479号事件について平成10年4月10日にした決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

主文同旨の判決

第2  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年12月17日、名称を「半導体装置の製造方法」とする発明(本件発明)につき特許出願(昭和62年特許願第319441号)をし、平成8年9月5日に特許第2558765号として設定登録されたところ、平成9年5月26日に特許異議の申立てがあり、平成9年異議第72479号として審理された結果、平成10年4月10日、別紙1の理由により「特許第2558765号の特許を取り消す。」との決定(取消決定)があり、その謄本は平成10年5月11日原告に送達された。

原告は、平成10年7月2日、本件発明につき訂正審判の請求をし、平成10年審判第39049号として審理された結果、同年9月9日、別紙2の理由により「本件特許発明の明細書を上記審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める」旨の審決(訂正審決)があり、その謄本は同年9月21日原告に送達され、訂正審決は既に確定している。

第3  原告主張の決定取消事由

取消決定は、本件発明の要旨を訂正前の特許請求の範囲第1項に記載されたとおりのものと認めた上、引用刊行物記載の発明と対比、判断し、本件発明に係る特許は特許法29条2項、113条2号に該当すると判断したが、訂正審決があったことにより、本件発明の要旨は訂正後の特許請求の範囲第1項記載のものとなっており、取消決定はその根拠を失ったので、取り消されるべきである。

第4  当裁判所の判断

取消決定は、本件発明の要旨を、訂正前の特許請求の範囲第1項に記載されたとおりのものと認めたが、後に確定した訂正審決に示されているように、本件訂正は、本件発明の特許請求の範囲第1項を減縮するものであり、適法な訂正であるから、本件発明の要旨は、訂正後の特許請求の範囲第1項記載のとおりとなる。したがって、取消決定は、本件発明の要旨を結果的に誤って認定して引用刊行物記載の発明との対比判断をしたことになり、この誤りは取消決定の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

よって、取消決定は取り消されるべきである。

(平成10年1月28日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

(別紙1)

(取消決定の理由)

1.手続きの経緯

本件特許2558765号に係る主な手続の経緯は、以下の通りである。

特許出願 昭和62年12月17日

特許設定登録 平成8年9月5日

特許異議申立て 平成9年5月26日

取消理由通知 平成9年8月19日

(平成9年9月12日発送)

訂正請求 平成9年11月11日

訂正拒絶理由通知 平成9年12月2日

(平成9年12月16日発送)

意見書及び手続補正 平成10年2月3日

2.訂正の適否について

2.1 手続補正の適否

平成10年2月3日付けでなされた手続補正(以下、「手続補正」という。)において、平成9年11月11日付け訂正請求書に添付された訂正明細書の請求の範囲請求項2~4を、

請求項2

アニールを赤外線輻射によって行うことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の半導体装置の製造方法。

請求項3

アニールを高エネルギービーム照射によって行うことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の半導体装置の製造方法。

請求項4

高エネルギービームが、紫外光、レーザービーム、イオンビームもしくは電子ビームであることを特徴とする特許請求の範囲第3項記載の半導体装置の製造方法。

とするものである。

訂正請求の補正は請求項の削除或いは誤記の訂正のみが許されるところ、当該補正は訂正明細書の請求の範囲に記載されていない「アニールを高エネルギービーム照射によって行う」点を付加するものであり、また、請求項4についても、請求項4で引用する補正された請求項3が上述のとおりであるから、上記手続補正は、請求項の削除あるいは誤記の訂正のいずれにも該当しないので、訂正請求の要旨を変更するものであり、特許法120条の4第3項で準用する同法131条2項の規定に違反するので、上記補正は認められない。

2.2 訂正請求にかかる訂正の適否

平成9年11月11日付けでなされた訂正請求は、特許請求の範囲請求項1~4の記載を、

請求項1

表面に酸化膜を有する半導体基板上に、還元性を有する元素を含む雰囲気中において、前記元素を含む薄膜を堆積する工程と、前記薄膜堆積後に前記半導体基板および前記薄膜に対してアニールを行い、前記酸化膜の還元除去行程とを有することを特徴とする半導体装置の製造方法。

請求項2

前記アニールを赤外線輻射、あるいは紫外光、レーザービーム、イオンビームもしくは電子ビームの照射によって行うことを特徴とする半導体装置の製造方法。

請求項3

前記薄膜を堆積する工程において、前記薄膜中の還元性を有する元素の含有量を2×1019~1×1020cm-3になすことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の半導体装置の製造方法。

請求項4

前記アニールを不活性ガス中で行うことを特徴とする特許請求の範囲第1~3項のいずれか1つに記載の半導体装置の製造方法。

とするものである。

2.3 訂正の適否

2.3.1 請求項2について

訂正された請求項2記載の「前記アニールを赤外線、あるいは紫外光、レーザービーム、イオンビームもしくは電子ビームの照射によって行う」については、訂正前の請求項2の対応する記載は「アニールを赤外線輻射によって行う」であり「アニールを紫外光、レーザービーム、イオンビームもしくは電子ビームの照射によって行う」点はアニールのための照射手段をさらに追加したものであり、訂正前の請求項2を拡張するものであるから、訂正された請求項2は、特許請求の範囲の減縮、誤記または誤訳の訂正及び明りょうでない記載の釈明のいずれにもに該当せず、特許法第120条の4第2項の規定に違反する。

2.3.2 請求項3について

訂正された請求項3記載の「還元性を有する元素の含有率を2×1019~1×1020cm-3になすこと」については、還元性を有する元素の含有率を上記のように特定することにより、新たな作用、効果を有するものとなり、訂正前の請求項3を変更するから、訂正された請求項3は特許法第120条の4第3項で準用する特許法第126条第3項の規定に違反する。

2.3.3 請求項4について

訂正された請求項4については、請求項4で引用する訂正された請求項2、3がそれぞれ、特許法第120条の4第2項、特許法第120条の4第3項で準用する特許法第126条第3項の規定に違反するので、訂正された請求項4は同規定に違反する。

2.4 訂正の適否の判断

以上のとおりであるから、本件訂正請求は、認められない。

3.特許異議の申立てについて

3.1 請求の範囲に係る発明について

本件特許請求の範囲に係る発明(以下、「本件発明」という。)の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、その請求の範囲請求項1に記載された次のとおりのものである。

「還元性を有する元素を含む雰囲気中において半導体基板上に薄膜を堆積する工程と、前記薄膜堆積後に前記半導体基板および前記薄膜に対してアニールを行う工程を有することを特徴とする半導体装置の製造方法。」

3.2 引用刊行物

特開昭61-158178号公報

上記刊行物1には、「半導体装置のベース領域とポリシリコンとの境界に生ずる薄い絶縁層とポリシリコン膜との抵抗を低くするために、ポリシリコン膜の成長(該ポリシリコン膜の成長は、本件発明の半導体基板に薄膜を堆積させる点に相当する。)後の工程で水素(該水素は、本件発明の還元性を有する元素に相当する。)雰囲気中で熱処理する(該熱処理は、本件発明のアニールに相当する。)ことにより、酸化膜を還元する」(上記公報[作用]の項)旨記載されている。

したがって、上記刊行物1には、半導体基板に薄膜を堆積させ、還元性を有する元素を含む雰囲気中においてアニールすることが記載されている。

3.3 対比・判断

本件発明は、「還元性を有する元素を含む雰囲気中において半導体基板上に薄膜を堆積する工程」(以下、「第1の工程」という。)、「薄膜堆積後に前記半導体基板および前記薄膜に対してアニールを行う工程」(以下、「第2の工程」という。)を有する半導体装置の製造方法であるが、還元性を有する元素を含む雰囲気で半導体基板上に薄膜を堆積した場合必ず当該薄膜中に還元性を有する元素がとり込まれるとはいえないから、第1の工程においては、堆積された薄膜中に還元性を有する元素が導入されない場合も含まれ、また、第2の工程は、還元性を有する元素を含む雰囲気においてアニールすることを排除していないことを考慮して本件発明と引用刊行物記載の発明とを対比すると、両者は、還元性を有する元素を含まない薄膜を堆積した半導体基板を、還元性を有する元素を含む雰囲気においてアニールする点において一致し、本件発明が、「還元性を有する元素を含む雰囲気中において半導体基板上に薄膜を堆積する工程」、すなわち前記第1の工程を有するのに対し、上記引用刊行物記載の発明では、半導体基板上に薄膜を堆積する工程において、還元性を有する元素を含む雰囲気を有していない点で相違する。

ところで、上述のように本件発明において半導体基板上の酸化膜を還元するために還元性を有する元素を含む雰囲気でアニールをする場合を排除しないのであるから、半導体基板上に薄膜を堆積する工程において還元性を有する元素を含む雰囲気を用いる程度のことに格別の意義が認められず、この点は必要に応じて当業者が容易に想到しうるものであるので、本件発明は、上記刊行物記載の発明に基いて当業者が容易に発明できたものである。

したがって、本件発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

4.むすび

以上のとおりであるから、本件請求の範囲に係る特許は、特許法第113条第2号に該当するので、取り消すべきものである。

よって、結論のとおり決定する。

(別紙2)

(訂正審決の理由)

1.特許第2558765号(昭和62年12月17日出願、平成8年9月5日設定登録。)に関する本件訂正審判請求の要旨は、明細書を審判請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正しようとするものである。

訂正事項

特許請求の範囲第1項記載の「還元性を有する元素を含む雰囲気中において、半導体基板上に薄膜を堆積する工程」を「還元性を有する元素を含む雰囲気中において、表面に酸化膜を有する半導体基板上に前記元素を含む薄膜を堆積する工程」と訂正する。

2.訂正の適否

2.1 訂正の目的の適否及び拡張・変更の存否

上記訂正事項については、訂正前の特許請求の範囲第1項記載の「還元性を有する元素を含む雰囲気中において、半導体基板上に薄膜を堆積する工程」を「還元性を有する元素を含む雰囲気中において、表面に酸化膜を有する半導体基板上に前記元素を含む薄膜を堆積する工程」とするものであるから、上記訂正事項は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

そして、特許明細書において「アニールによってシリコン基板1とシリコン3の界面、およびシリコン3の中に含まれる水素3は、シリコン基板1とシリコン3の界面に存在する酸化膜2の少なくとも一部を還元除去する」(本件特許明細書第5頁第11行~同頁第14行)と記載されていることからみて、還元性を有する元素を含む薄膜を堆積することが特許明細書から直接的に導き出せるものであるし、また、訂正前の各発明の目的の範囲内のものであるから、上記訂正事項は、実質上特許請求の範囲を変更するものでもない。

2.2 独立特許要件の判断

付与後異議における異議中立人安藤純男が提出した、特間昭61-141118号公報(以下、「甲第1号証」という。)、特開昭61-158178号公報(以下、「甲第2号証」という。)、特開昭59-143318号公報(以下、「甲第3号証」という。)及び特開昭57-133626号公報(以下、「甲第4号証」という。)は、いずれも、訂正後の本件特許請求の範囲第1項に係る発明の特徴である、「還元性を有する元素を含む雰囲気中において、表面に酸化膜を有する半導体基板上に前記元素を含む薄膜を堆積する工程」(以下、「本件特許発明の特徴的構成」という。)についての構成を有しておらず、また上記本件特許発明の特徴的構成の示唆もない。そして、訂正後の本件特許請求の範囲第1項に係る発明は、上記本件特許発明の特徴的構成を有することにより、本件特許発明は、上記甲1~4号証のいずれからも導き出すことができない、半導体基板上の酸化膜の還元方法を開示するものであるから、本件特許請求の範囲第1項に係る発明が、甲第1~4号証に記載された発明に基づいて容易に発明できたものとすることができない。

よって、本件特許請求の範囲第1項に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができない発明とはいえない。

3.したがって、本件審判請求は、特許法126条1項ただし書1号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条2~4項の規定に適合する。

よって、結論のとおり審決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例